凛と立つ花(ひなたから帰宅したよ)

凛と立つ花(ひなたから帰宅したよ)

 毎朝学校に行く時間は同じなのに、ふと地面を見ると前よりずっと濃い影が足元にあるのに気がついた。夏が来たのだ。

 毎朝学校へは同じマンションに住む希美と一緒に登校する。二人で並んで歩きながら「暑いね」とか「宿題全部できた?」とかお喋りするのが楽しいから、私はこの時間が大好きだ。

「柚月、土日どっか行った?」
「うん、えっと……映画見た」
「いいなー!」

 希美は気にならなかったみたいだけど、今の質問の答えに詰まったのは、苦い記憶が一瞬重なったから。
 去年の秋、面接で聞かれたことだ。

『柚月さんは、お休みの日はご両親とどう過ごしますか』
『お母さんと図書館に行きます。お父さんは、えっと……お仕事で疲れて寝ています』

 私は、みんなとは別の小学校に入るために『お受験』をした。専用のお教室にも通って、幼稚園ではやらないようなお勉強をしたり、工作や体操もやった。それはそれで楽しかったけど、それは全部、合格のためのもの。だからつまり……ママの言葉を借りるなら、徒労、になった。
 なぜなら、私は試験に落ちたから。
 不合格だった理由について、実は心当たりが二つある。一つは、試験の日に着ていた黒いワンピースの胸元にお花のワンポイントが付いていた事。凛と立つ花と一緒なら面接も頑張れる気がして、ママに頼んでこれを買ってもらったけど、周りの子はみんな飾りのない服だったからちょっと目立ってしまったかもしれない。

 そして二つめが、面接だ。パパについて質問に答えたとき、面接官の先生がちょっと首を傾げたのを私は見逃さなかった。お教室では「嘘はよくありません」って教わったけど、もしかしたら“方便”ってやつが必要だったのかも。
 お受験に失敗したって分かったとき、ママはかなり落ち込んでいた。でも、実は私はこれで良かったと思っている。
 だって、合格のために自分をよく見せようとした私は、私じゃないみたいだったから。
 こっちの小学校は希美と喋りながら学校に行けるし、制服じゃないからランドセルの色も学校に行く服装も自分の好きにできる。そこには正解なんかなくて、自分が選んだ新しい私が居るだけだ。

「あ、そのキーホルダー可愛いね」
 希美が私のランドセルを見て言った。銀のリングに白い花の刺繍が嵌め込まれているキーホルダー。
 気がついてくれたのが嬉しくて、私は心の中でバンザイした。

「実はこれね、世界にひとつなんだ」
「えーっ、すごい! いいな!」

 このキーホルダーは、私の人生を私が選んだ証だ。試験用の黒いワンピースの胸元にあった白い花が、キーホルダーへ姿を変えて私のそばで咲き続けている。
 自分で決めた私だから。生まれ変わった私だから。
 これからも前に進める。

「柚月、次の信号まで競争しよ!」
「あっ、待って!」

 突然駆け出した希美に負けじと、新しい私で今日の一歩を踏み込んだ。
 

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