窓を開けると、待っていたように蝶が舞い込んだ。そのまま、春を待たずに逝った夫の遺影にとまる。
胡蝶の夢。
ふと、そんな言葉が浮かんだ。
胡蝶の夢に耽った男が、覚めてもなお自分は蝶であり、人間の夢に迷い込んでいるのではないかと疑う話だ。
本当だったのか。
「――ごめんなさいね。きっと、はやく戻りたかったでしょうに」
するりと謝罪が漏れる。
ずっと悔いていた。
辛い闘病生活を強いてしまったことに。
今、彼はやっと蝶に戻って自由になった。
きっと、向こうの世界では昔のように優しく笑ってくれる。
蝶は翅をふるわせ、ひらりと舞い、黙って去っていった。
残された鱗粉が、かすかに春の薫りを漂わせていた。
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