もう一度(ひなた短編文学賞応募作品)

もう一度(ひなた短編文学賞応募作品)

 何も小説を書けなくなって半年が経ってしまった。良い文章がまるで書けない。もっと、もっと良い文章が書きたいのに。
 出していたコンテストや公募は全滅である。きっとこの先もダメだろう。さらに、仕事もうまくいっていない。書いた文章がまるで無価値な物に思えてくるので、きっとまずい状況に陥っているのだろうなということを頭ではわかっている。わかってはいるがどうしても悪い方へと考えてしまう。もう立ち上がれないような気さえしてしまう。
 この先、私はどうなってしまうのだろうか。最近は自分のことをあまり信じられない。これじゃあ、まるで、

 死んでいる。

 メンタルが擦り切れに擦り切れて辛くなった私は、少し遠出をしてみることにした。レンタカーで走ること数時間。長野県にあるペンション村へとたどり着いた。青い空の下で自然あふれる道を走りながら、道に沿うように建っている綺麗なペンションの並びを見た。
 車を駐車場に停めて、見晴らしの良い飲食店でご飯を食べた後で、少し歩いてみることにした。道端や草むらの木々に生い茂る緑が私を癒してくれるようなそんな心地がする。
 気がつけば、この一帯を歩いていて、心の中にあった重りのようなものが軽くなっていく感覚があった。

 生きている。

 今の私は疲れや忙しさにやられて、きっと死んだ目をしている。その死んだ目で見たこの場所は私に生きるための力を与えてくれる。この場所で見た景色、情景、それらのことを言葉にしたい。そうしたいが、言葉が上手に出てこない。良い言葉が見つからない。また自分が嫌になる。自分が信じられない。また心に重りがのしかかってくる。またしても辛い。辛い。だが、遠くに見える山々は日差しに照らされて私に言い表しようのない希望を与えてくれる。希望と辛さが同時にやってくる。
 
 そこで気づく。人生なんてものはきっと幸せと辛さが交互にやってくることの繰り返しなんだ。
 私は言葉を使うことが下手だ。今後、上手くなる可能性も正直言ってない。言葉だけでは暮らしていけないだろう。
 だけど、もう一度、もう一度自分のことを信じて、たとえ良いものが書けなくても書いてみようと思えた。

 生まれ変わる。

 なんとなくその言葉が浮かんできた。人は何度でも生まれ変わってまた立ち上がれるんだ。そう思うとほんの少しの希望が湧いてくる。書けないけど、書いてみる。心の中の雲が晴れた気分だった。再度、遠くの山々を眺めて私はこの地を後にした。

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