これは私とママが殺されるまでの記録
3月19日
私の名前は綾瀬沙耶、14歳、中2。
今日、私の家に脱走した殺人犯が逃げ込んできた。
今私はあいつが外してきた手錠と鎖で自分のベッドの支柱に固定されて部屋から出られないようにされている。
私とママはたぶんあいつに犯されて殺される。
この日記は机の引き出しの一番奥に隠しておくの。
いつになるかわからないけど、私たちの死後警察がこの家を捜索した時に何があったのかがわかるように。
3月20日
私は本当に運が悪い。
学校のいじめで不登校の引きこもりになって2年目。
私がこの家から外に出なくても誰も何も思わない。
ママはスーパーでレジ打ちのバイトをしてたけど、娘の状態が悪いのでしばらく休職しますとあいつに電話させられていた。
これでママの職場の人も全くあやしまない。
何で引きこもりになんてなっちゃったんだろう。
3月21日
テレビでは連日トップニュースで元暴力団組員坂木和成脱走のニュースを報道している。
護送中の広島県で脱走。専門家は広島市内に潜伏中か移動しても隠れやすい福岡か大阪方面に移動しているかもしれないと言っている。
橋を渡って四国はないって言ってた。
来てるよ、四国。香川県の私の家に。
絶対記録に残してやるからな。お前ら専門家のいい加減さを。
3月22日
今日私の父親が家に来た。
私とママに散々暴力をふるって酒とギャンブルに狂った最低野郎だったけど、これでやっと脱走犯のことが外に発覚すると思った。
それなのに。
どうやらあの父親は自分の借金返済のためにおじいちゃんが娘のママに遺したこの家を売らせようとしたみたいだけど、それを坂木の奴がママの新しい彼氏だと言ってボコボコにしたみたい。
おまけにあの父親が絶対に書かなかった離婚届に判を押させてたたき出したようだ。
私の食事をもってきたママがあの父親から解放されたって涙ぐんでた。
いや、なんであいつに感謝するのよ。私たちあいつに犯されて殺されるのよ。
3月23日
何だかいっこうに犯されて殺される気配がない。
トイレとお風呂で手錠を外された時に逃げないように見張られているけど、あいつは中学生の私の裸には全然興味がないようだ。
ママの件もあって、もしかしてちょっといいやつなのかと思い、今日はこちらから話しかけてみた。
ヤクザだったんだから、私の家なんかに潜伏しないで元の仲間を頼った方がいいんじゃないのって聞いたの。
そしたら組からはとっくに破門されてるし、警察が威信にかけて追いかけてる脱走犯だから、今仲間のところに行ったらすぐ拘束されて金で警察に売られるだけだと言われた。
恐いよ、ヤクザ。警察相手に脱走犯引き渡しの裏取引なんて。
やっぱりちょっとでも心を許しそうにならなくてよかった。
3月24日
私の父親が瀬戸内海の港近くで沈んでいるのが見つかったとニュースでやってた。
その件でママのところに警察から確認の電話が入った。
坂木に監視されてるから脱走犯のことは何も言えないけど、ヤバい筋からの借金トラブルの線で操作していると説明されたらしい。
2日前に離婚していたのはママに危害が及ばないようにしていたのだろうと警察は判断したようだ。
どんだけ無能なのよ、警察。勝手にあの父親の美談なんか作んないでよ。
絶対に記録に残してやるから。
3月25日
今日はひとつの問題が発生した。
いよいよ家の食料がなくなってきたのだ。
ママのクレジットは止められているので通販が使いづらい。
坂木は手錠を私からママに付け替えて、私が一緒に買い出しに行くことになった。
何で私なのかと思ったがたまには日の光を浴びた方がいいって。
余計なお世話だ。
坂木は眼鏡と髪型を変えて変装すると手配中の写真とは全く違って見える。
おまけに婿入りしていたあの父親は離婚で元の苗字に戻っていたからニュース報道でもあの父親が死んだことは近所の人は気づいていない。
私が逃げないように腕を組んで買い物に出向く。
これではただの仲良し父娘にしか見えない。
イオンモールに行くと言われた時は人が多いので正体がばれることを期待したけれど、人の多いところの方が指名手配犯はばれにくいと坂木に言われた。
近くのイオンモールに入るとフードコートに私をイジメていたクラス委員の速水真希と取り巻きのふたりがいた。
バカにしたように話しかけられたけど無視して通り過ぎようとしたら無視されたことにむかついたのか速水たちは私を突き飛ばし、財布の入ったバッグをひったくって笑いながら逃げて行った。
財布を盗られたのに坂木は何もしなかった。
流石に騒動を起こすとまずいから大人しくしていたのかと思ったけど違った。
家に帰ると坂木はママのパソコンで何かの書類を作り、私の頭と腕に包帯を巻いた。
そして私は坂木に速水真希の家へ案内するように言われた。
言われたまま坂木と速水の家を訪問すると坂木はいつの間に撮っていたのかママのスマホで撮影していたバッグひったくりの際の映像と偽造した私のケガの診断書を速水の親に突き付けた。
これから窃盗と傷害の容疑で警察に行くと告げると速水の親はすぐに示談を申し出た。
坂木は示談金として50万を要求し、すぐに近くのコンビニATMで下ろさせてきた。
速水の家を出ると取り巻きふたりの家にも出向いて同じく50万ずつせしめた。
手際が鮮やかすぎて怖い。ヤクザは本当におっかない。
でも泣いて謝る速水たちの顔を思い出すと胸がすっとするのも確かだ。
おまけに手に入った150万を使って私に新しい服を買ってくれた。
これがヤクザの洗脳術とわかっていながらもこの日記が脱走犯に精神支配された憐れな母娘の記録にならないことを祈りたい。
コメント
面白かったです!終盤の展開はスカっと感があるので思わず読者の私も心を許した感覚になっていたのではっとさせられました。
@ウィノラボ運営(公式)様
面白いと言っていただきありがとうございます。楽しい企画に参加できて私も貴重な体験ができました。