趣味ですね、うん、趣味。
書くこと、あるいは表現することは、ボクにとって一生、添い遂げたい、大切なパートナーであり、時間であり、幸せの価値なんです。
だから、大切にしているのは、好きでいられるようにする、ということ。
自分と書くことがお互いに嫌いにならないように、そして、ずっと末永く一緒にいられるように気を遣います。
一気にプロへ、と独りよがりな高望みはしないで、書くというパートナーと一緒に同じスピードでステップアップしたいんですよ。
趣味だから例えば、仕事の合間に資格試験に励む人たちと同列で、執筆することを「ひたむきに努力すること」と捉えるのは、何だかボクの中ではおこがましいんですね。
そういう境地は、商業出版する(生活をかけた)プロの人たちのもので、まだボクは、今、アマチュアですから、このアマチュアの特権を捨ててしまうのは惜しいんです。
アマチュアの特権は、青春に似ていませんか?
青春時代は、青春をしたほうがいいです。無理に大人にならなくても、そのタイミングがきたら無理やり変わらなければならなくなります。
どちらかというと、今アマチュアのボクが書くことは、休日に釣りをしたり、アウトドアを楽しんだりする人と同じ感覚でありたい、と思っています。
そこには、使命感も、束縛も、焦りもなくて、書きたいから書く、というアマチュアならではの初期衝動に突き動かされる日々。
プロになれるまで、精一杯、アマチュアの青い時間を謳歌したいです。
ボクが小説を書き続けるのは、おそらく生まれながらに備わった、逃れられようのない特性だと感じるんですよね。
昔から自分という人間が認められるよりも、自分の書いたモノやつくったモノを認められる方が、遥かに幸福です。
極論を言うと、自分という人間が否定されたり、過小評価されてでも、書いたモノが世に出て旅するのならそれで本望だと思えます。
これまでずっと、どんな時でも書いてきました。嬉しい時も、挫折した時も、家族ができた時も。やりきれない夜も、出勤前のわずかな時間も、仕事の休憩中も。
書くことで救われてきました。
これからも、書き続けるのでしょう。例え、誰に認められなかったとしても、死ぬその間際まで。
書いて伝えることを辞めないと思います。
その原動力は、好きだから。
誰もが笑顔になれることを願って、……さあ、次は何を書こうかな?
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