「貴女がこの国を気に入るといいのだが」
鳥の国の王様が、人の国から嫁いできた姫に向かってそう言った。
「数百年を生き、人語も解す高材の王」と呼び名も高いのに、ずいぶん控えめね。
姫様はくすりと笑う。
「みなさん温かく迎えてくれましたわ。フラミンゴのダンスや、孔雀の羽根のアーチ。珍しくて嬉しくて、つい見入ってしまいました」
少しオーバーに感謝の意を伝えると、王さまはやっと安心したように羽根をひとふりして首をすくめた。
「不躾な質問で失礼した。我が国は良い国だと自負しているが、果たして人の子あなたに合うだろうかと……不安でね」
いささか小さく、細く思える止まり木にとまり、こちらを見上げながら、王さまはそう吐露した。
「気になることや不満があれば遠慮なく言って欲しい。私に言いにくかったら、執事のドードーへでも良い」
「不満なんてありませんわ」
「でも不安はあるだろう?」
「それは……」
姫は答えに詰まる。
それはそうだ。この国に自分以外の人間はいない。供としてついてきた侍女も人の国との国境で別れた。そういう取り決めだった。それは最初から分かっていた。
けれど、だからといって寂しくないというわけではない。
「何でも良いんだ。あなたの本当の気持ちが知りたい」
「まあ、そんなことおっしゃって。私がワガママ放題の女だったらどうするのです?」
王さまの気持ちが嬉しくて。でも面映ゆくてついそんなからかうような声がでた。
「それがあなたの本音なら」
全ては叶えられないかもしれないが、できる限り善処しようと、王さまは大真面目に答えた。
取り繕うでもなく。
見栄を張るでもなく。
……ああ、控えめなのでないわ。
この方は、ただ誠実なのだ。
でも、考えてみればそれが当たり前なのかもしれない。
この美しく、何処まででも羽ばたける自由な国では虚心なく生きていけるのだろう。
嘘、偽り、騙し討ちなど、人間しか持たないのだから。
「では王さま、ひとつよろしいかしら」
「ああ」
「その樫の木の止まり木はとても素敵ですけれど、私には低すぎて。しゃがまないと王さまのお顔がよく見えませんの」
「止まり木……これのことかい?」
姫の言葉に、王さまは鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をした。オウムだけれど。
それが可笑しくて、姫は王さまに見えないように小さく笑った。
「さて困った。これは鳥の国の王座でね。代々の王はこの王座を使うんだ。王だけでなく、王妃も」
「まあ。でも私にはこの止まり木を使うのは無理ですわ」
「そうだね。貴女には、新しく人の子用の玉座を作らせよう」
私は……どうするかな、王さまはそう言いながら、止まり木の上をちょこちょこ横に移動しながら考えて始めた。
王座を高くする?
いやいや、それでは民の声が遠くなる。
人の子と同じ玉座を作らせる?
いやいや、それでは大きすぎて王の姿が見えなくなる。
ふむふむと独りごちながら、羽根をばたばたさせながら必死に考える。
こんな、出会ったばかりの異国の人間の言葉を。
その姿が可笑しくて……それ以上に愛おしくなって、姫はこみ上げてくるものを誤魔化すように「そうだわ」と言った。
「王さま、どうか私の肩にお乗りくださいな」
「肩?」
王さまは訝しげな声で姫を見る。
その顔に近づきながら、姫はにっこりと微笑んだ。
「慈悲深くて優しい王さま。どうかこれからは私の肩におとまりくださいな。私があなたの玉座になりますわ」
そして、いつまでもふたりで――。
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