【ネタバレ注意】長谷川まりる「チキンとプラム」
YAジェンダーフリーアンソロジーTRUE Colors収録の短編小説。
※暗い話題、胸くその悪い話題が出てきます。
家庭内でのセクハラがテーマの小説。サブテーマ(?)として家庭内暴力も出てくるが、そこは主題ではないからかそんなに深くは扱われていない。
主人公のすももは中学2年生。そんな繊細な年齢の女の子に対して、彼女の父親は着替えを覗こうとしたり、異性の話題を出せば「彼氏か?」とからかったり、機嫌が悪ければ「生理か?」と言ってくる。
そして、母親や姉はその冗談に乗っかってきたり、「やめなよ」と言いながらもヘラヘラ笑っていたりした。
そんな家族に無理をして合わせて、「嫌だと感じる自分の方がおかしいの?」「クレーマーが大人しくしていれば家庭内の空気は壊れずに済む」と苦悩するすももの姿に悲しくなってしまった。
だから、みやび(すももの友人)がすももの父親の事を「大嫌い」と言ったときはスッキリした気持ちになった。
すももや母親から「セクハラジョークはもうやめて」と言われた父親がすぐには納得せず、「父親が娘にへんな気を起こすなんて本気で考えてるのか?」「自分の娘に冗談も言えないのか?」などとのたまう姿はリアリティがあった。
さらには、家族からいろいろ言われて被害者意識を芽生えさせようとしたところ(姉が止めてくれたけれど)も同じくリアリティがあった。
この父親はすももによると職場の人たちに慕われているそうだが、家庭内でこのザマなんだから絶対職場でも無意識にセクハラ発言してるだろ…と思ってしまった。
そもそも、実の娘に性加害を行うとんでもない父親が現実にいるわけでして。単純に不快とか気持ち悪いとかだけじゃなくて、思春期の娘であれば、自分の父親はそういう父親なんじゃないかと誤解して怖がったとしても不思議じゃないと思うんだよね。
ずいぶんと視野の狭い父親なので、読みながら「なんだぁ、コイツは?」となってしまった。
すももの母親が「生理が来た時に家で赤飯を炊かれて嫌だった」と話してくれたシーンを読んで、つい最近Twitterで同じ話題を見かけた事を思い出した。
私の家はそういう儀式(?)はなかったし、そういう話を聞いた事もなかったのだが、こうしてネットや本を通してそういう儀式(?)を知る事ができて勉強になった。
昔の大人たちが生理が来た女の子のために赤飯を炊いていた理由はなんとなく想像がつくけれど、それが現代の価値観とは合わないのは理解できる。実際にされたら嫌かどうかは、悪い意味で精神が老化してきているせいかやられてみないと分からないなと思ったが。
みやびが父親から何かされているであろうことは、すももが父親の話題を出した時の反応で察していた。なので、みやびの事をとても心配しながら読んでしまった。
最後は父親が不在のうちに母親と引越しをするという終わり方であったが、家庭でも学校でもずっとバリアを張り巡らせて、高架下の公園だけが唯一の居場所だった彼女には幸せになってほしいと本気で思った。
万が一の情報漏洩を恐れてのことだろう。みやびは、すももに新しい住所を告げる事もできないまま引越してしまったわけだが、「そのうち、また会おう。ぜったい」という言葉が実現してほしいと願わずにはいられない。そんなラストだった。
※画像はフリー素材をお借りしました。
コメント