手のひらの中のプチ贅沢
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手のひらの中のプチ贅沢

 お客様に振り回され、上司に振り回された本日の業務も無事終了。今の私のミッションは、最大限自分を労ってあげること。
「さーきちゃーん、今日このあと暇? 良かったら一緒に回しに行かない?」
 手で取っ手を回すジェスチャーをする。隣の席の後輩は、伸びをした体制のままこちらに顔を向けた。
「三城さんめちゃくちゃ頑張りましたもんねー。行っちゃいますか! ちなみにおいくらの回されるんです? 五百円くらいですか?」
「そうだなー……千円いっちゃおうかな!」
 私の宣言を聞いて、後輩が考えるように視線を宙に向ける。
「千円。千円かー……私は七百円にしときます」
 いつも五百円までしか使わない後輩にしては珍しく高めの設定だ。彼女も相当疲れているのだろう。
「よしよし。じゃあ行こっかさきちゃん! 駅前のとこのでいいよね?」
「もちろんです!」
 会社から駅へ向かう短い道を、二人でゆっくり話しながら歩いてゆく。
「しっかし良い時代になったもんだよねー。魔法なんて昔はお貴族様のもんだって言われてたのに! 私達庶民にも手が出せる日が来るなんて!」
「確かもう五年くらい経つんでしたっけ? 私高校生だったんで、テスト終わりの打ち上げのあととかに友達とガチャ回しに行きましたよ!」
 この世界では、科学に押されすっかり衰退しつつあるけれど、魔法はまだまだ現役だ。最近までは富裕層の娯楽として扱われていたが、五年前、とある玩具メーカーがプラスチックのカプセルに入れてガチャガチャで販売を始めるようになり、一気に庶民の間でも普及していった。
 コンビニでプチ贅沢としてスイーツを買うお金で魔法が手軽に楽しめる。良い時代になったものだ。
「とうちゃーくっ! て、七百円のガチャガチャなくなってるじゃないですか!」
「あ、ほんとだ。諦めなさきちゃん」
「じゃあやっぱり五百円かな……」
「折角だし、千円のやつさきちゃんも一緒に回さない? 差額の三百円くらいなら出してあげるよ」
「三城さん! 一生ついていきます!」
 喜ぶ後輩を微笑ましく眺めつつ、財布から取り出した紙幣を投入口へ入れる。ドキドキと心臓の鼓動が脈打つのを感じながら、ゆっくりと取っ手を右に回していく。
「何が出るかなーっと」
 カタン、と音が聞こえたことを確認し、カプセルを取り出す。両手でひねってあけると、カプセルから白く細い煙が立ち上った。
 煙を目で追っていく。ふわふわとした煙が後輩の頭を追い越したところで、それは魚の形に変わっていった。
「これなんですかね?」
「金魚かな?」
 二人で見守っていると、宙を泳ぐ魚の周りで、徐々にパチパチと火花が散り始めた。どことなく線香花火を連想させる爆ぜ方をしている。
 暗い夜の中に金色の火花が弾け、その間を泳いでいる煙の魚。ずっと見ていたくなる光景だった。
「キレイだわー、やっぱり千円はすごいわ」
「私もこれ欲しいです……三城さんあとで三百円下さいね!」
 期待と興奮を隠さずに取ったに手をかける後輩を、私も再び緊張しながら見守る。既に持っていてダブっているものが出てきたら、交換してもらおうかな、なんて思いながら。
 私達の手の中には、私達の為だけの小さな魔法が煌いている。

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投稿者

周雨(しゅうう)
周雨(しゅうう)

コメント

  1. 百度ここ愛 百度ここ愛

    めちゃくちゃ素敵なお話でした。
    いいなぁー!!!こんな贅沢✨
    ガチャガチャに魔法も素敵ですし、魔法の内容もキラキラで羨ましあー……

  2. 周雨(しゅうう) 周雨(しゅうう)

    ありがとうございますヽ(○´∀`)人(´∀`○)ノ
    以前に書いた現代×魔法ネタなんですが、楽しかったのでまたやりたいですね〜

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