延命の自販機

延命の自販機

延命の自販機、水とカルピス

水がない、買いに行かなくちゃ。
買いに行くと言っても自販機だが。

彼女は重たい身体をゆっくりとベッドから起こし上げた。彼女は自分の身体を、まるで水を含んだワタのように感じた。

フラフラ揺れる身体と、どうにも冴えない頭を抱えながら、彼女は外に出かけていった。

今体調が悪いのは一昨日のオーバードーズのせいか、それとも今日一日中寝たせいか、どっちもか。彼女は世界で一番要らない原因究明をしながら自販機へ向かうのだ。

猫、猫だ。
彼女は、ニャーと人間のくせに猫の鳴き声を真似てみる。まだ幼い子猫だ。彼女は猫に少し近づいていくものの、逃げられてしまった。

ねこ、ネコ。
彼女の生涯において、猫は何回彼女の命を救ってくれたんだろう。
彼女にはこれまで2回の運命的な出会いがあった。偶然、しかし彼女は必然だと思った。彼女のことを一番、常に必要としてくれる。彼女がいないと生きていくことすらできない、軟弱な存在。その軟弱な存在は絶対に嘘をつかない。彼女の唯一の味方で、唯一の家族。
嗚呼、しかし、今はもういないのだ。

彼女はまた悲しいことを思い出してしまったなーと少し後悔をする。心が苦しくなったらタバコが吸いたくなったのは、いつからだったっけ?彼女の身体はタバコを欲していた。

自販機への道のり。
彼女は少し高めの坂-と称して良いかわからないが-を見つける。目積もりで高さを測る。ギリギリ死ねる高さだと彼女は判断する。仮に死ねなかった場合の言い訳はー、そうだ。猫を追いかけていたら、こけちゃいましたーにしようか。と彼女は考えた。
しかし彼女が飛び降り自殺を実行に移すことはない。今回もただの-少し具体的な-想像に留めて終わるのだ。彼女にはまだ、死ぬ勇気が存在しない。

自販機に到着した彼女はいつもとおり、水とカルピスを買う。順番は決まって水からカルピス。特に意味はないが、水は百円玉一個で済むから。
自販機で用を済ませた彼女の視野に、坂を登ってくる車の光が入った。彼女は知らず知らずのうちに車の経路前に立ち止まった。引いてくれ、どうか引いて殺してくれ。と密かな思いを胸に抱いたまま。しかし、彼女は今回も諦める。そもそも住宅街を走る車のスピードで人が死ぬわけがないのだ。

彼女は水とカルピスを持ってお家へと向かう。さっきと全く同じ経路を辿りながら、彼女は全く同じ妄想を繰り返す。

正気じゃない身体と沈殿した頭を抱え込みながら、彼女は玄関のドアを開けた。

家に到着した彼女は、一番最初にカルピスの蓋を開けて薬を飲み干した。飲む順番はカルピスが先。これも特に理由はない。カルピス一本と水一本。これでまた一日生き延びることができる。
彼女はその事実が馬鹿馬鹿しいなーと考えながら、ベッドの上に横たわった。
目を瞑ってバキバキになった自分の身体を考える。脳内妄想と実際行っている行動が全く持って矛盾していることを、彼女は誰よりも良く知っている。

これでとりあえずまた彼女の一日が終わる。彼女は目を瞑って、どうか次の日新しい太陽が昇らないことを切実に願った。

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