運動習慣つけたい#嘘日記

　そういえばもう随分運動らしい運動をしてないなあ、ということに、突然思い至った。スマホ片手にポテチを摘んでいる時に。
　よくよく考えてみたら、私の人生で最寄りの運動の記憶を辿れば学校の授業で体育やってた頃にまで遡る。冬のマラソン大会で学校の外周を走らされて、見張りの先生から見える範囲だけ真面目に走ってあとは歩いていたけどそれも結局バレていた。
　そして成人してからこっち、インドア教の教祖……とはいかないまでも、支部長あたり任命されてもおかしくないくらいはおうち大好き布団大好き人生を歩んできた。

　でも重なり積もる年月は如実に私の身体能力を蝕んでいて、こないだ風に飛ばされてた傘を追いかけて足を攣りかけたときに「これはちょっとやべえな」となったので、一念発起、運動しようと決意！
　見ていますか母さん。インドアに心臓を捧げ早◯◯年、頑なに体を動かすことを拒否し続けてきた私ですが、ついに居心地の良い古巣に別れを告げて、アウトドアパリピマッチョ派に生まれ変わります。

　と、決めたは良いものの、運動に欠片も興味を持たずに生きてきたので何から手をつけたら良いものやらさっぱり分からん。
　家の周りを走る？
　筋トレ？ヨガ？
　色々検索してもイマイチピンとこないっていうか……なんか大変そうっていうか……。
　もうしょうがないから金で解決しよ、となるまでに時間はかからなかった。
　見てな少年少女たちよ、これが大人になるってことよ。

　というわけで、ジムにやってきたモヤシがここに一本。
　私が見るからに初心者なのを見てとって、受付のお姉さんがガイド付き体験コースを案内してくれた。スタッフの人がマシンの使い方やオススメのトレーニングを教えてくれるらしい。
　それはもう願ったり叶ったりなのでお願いすることにする。

　それから数十分後、真新しいウェアとシューズに居心地の悪さを感じながらトレーニング室をきょろきょろしていたら、奥から異常に爽やかな細マッチョのお兄さんがやってきた。
「よろしくお願いします」と爽やかな笑顔が眩しい。
　お兄さんは「僕もねえ、昔は運動嫌いだったんですよ」なんて雑談しながら、私の目の前で両手に持った巨大なダンベルを高速で上げ下げしていた。何かのパフォーマンスのつもりだったのかもしれない。
　すごいスピードで腕を動かすので、さながらハチドリの羽ばたきのようで私の目にはモザイクがかかった千手観音みたいに見える。ダンベル千手観音。
　思わず拝んだら「なにしてんすか」と笑われた。

　私を連れたお兄さんはトレーニングマシンの間をゆっくりと歩いてひとつひとつ淀みない口調で説明しながら、窓から飛び込んできた忍者を返り討ちにし、壁を突き破ってきた巨大な岩石を手刀で砕き、ランニングマシンで走っていた男の怨霊を念で除霊した。
「ジムって、運動神経が必要な場所なんですね」
　なんとコメントしたものか考えあぐねた結果、一番しょうもない感想を口から出力した私に、お兄さんは「まあ、ジムは運動しに来る場所なんで」と苦笑した。

　もしかしたら、この一連の体験によって「わあすごい！　私もジムに通えばこんな風に身体は剛健に、精神は研ぎ澄まされ、悪を滅する大人になれるのね！」と厨二の進研ゼミみたいに燃え上がるユーザーが居るのかもしれない。
　けれど、私の感想は「モヤシに無理を言うなよ」だった。

　帰り際、受付のお姉さんに「入会されますか？」と尋ねられたが、私は「一度帰って考えます」とにこやか答えてその場をあとにした。
　たぶんもうここへ来ることはないでしょう。

　ウェアは部屋着にした。