制作中のSF小説の一コマ(半分プロット)

「エマ・ノーザルト」…合衆国軍の女性パイロットで、階級は少尉。「とある理由」で転属になった士官学校時代の学友アシモフをゲルガー星系の戦いで探している。     「ドルビンスク・アシモフ」…エマの士官学校時代の学友で、階級は中尉。正義感に溢れ、その真っ直ぐすぎる性格でよく問題を起こしていた。ある日、兵士を駒呼ばわりする教官を殴り、流血騒ぎを起こして懲戒処分となり前線へ左遷。その後の消息は不明。

「死ぬの、怖い?」
腿から下を失くした兵士はその問いかけに答えるように、震えた唇をパクパクと動かす。
「…そっか。」
「……私も、嫌だなぁ。」
そう呟きながら、戦友だったものの最後を見届ける。鼻先に冷たさを感じ、ふと空に目をやると、ゲルガーIIIに季節外れの雪が降っていた。
「初雪かな」
足元に生えていた野花を添えて死体に別れを告げ、アルバトロス級タイタン"シュバルツ・フォーゲル"のコクピットに潜り込む。
「寒いの、嫌なんだよね。」
ヒーターを付け、夏の緑葉に雪がかかる異様な光景を、網膜投影越しにぼうっと眺める。
その更に奥の地平線が二、三度、オレンジ色に隆起するのが見えた。少し遅れて、爆発の音が聞こえてくる。
尋ね人は、あの戦火の中だ。
「…どこにいるの、アシモフ」
~~~~~~~~~~
アシモフの仮設宿舎は、流石に中隊長ということもあって、他の宿舎に感じた質素さを微塵も感じさせなかった。木目調のモダンな温かさが、窓枠の向こうの寒さを無理矢理隔てている。当の本人はと言うと、疲労困憊といった様子で、椅子にもたれかかり切って脱力し、報告書の飽和攻撃を受けた目を、眉間を抓って慰めている。
「エマか」
その一言があるまで、エマはてっきり寝ているのかと思っていた。
「さすが中隊長、他の宿舎とは訳が違うね。」
扉にもたれ掛かって軽口を叩く。
「見せかけだ。この机と椅子以外に使う予定なんて無い。」
「ヒーターは?」
「眠くなるだろ」
「ふぅん」
ふと左の壁に目をやると、ヒーターとは別に、簡易的な暖炉があった。面白みのない長方形で、煙突の先は換気扇に繋がっている、随分風情に欠けた暖炉。しかし、暖炉の横の小さなローテーブルには、ご丁寧に乾いた薪とファイアスターターが用意してあった。
「暖炉付けていい?」
「暖炉があったのか。」
どうやら、本当に机と椅子にしか予定が無かったようだ。

暖炉に薪をくべ、火がぼんやりとした明るさを部屋に流し込み始める。エマは暖炉のそばのチェアに腰掛け、持ってきた官品のランタンを取り出すと、部屋の電気を消した。
「おい」
「休憩時間。旧友との再会を、書類仕事の片手間で済ませるつもりなの?」
そう言われるとアシモフには、返す言葉も無かった。
ホロプリントを一瞬見やったが、ここぞとばかりに溜め息をついて伸びをする。
「小休止か?」
「それで済むくらい、サッパリした話だったらね。」
「だろうな」
「まったく、何年振りだと思ってるの。わっ」
エマがランタンのスイッチを入れる。
差し込んできた眩さに顔を顰め、慌ててツマミを絞って光度を下げる。
それを見ていたアシモフが、長く放置された発動機みたいに、埃っぽく笑った。
「何」
顰めたままの顔でアシモフを睨む。
「いや、なんだか学校にいた頃を思い出してな。お前、訓練でスターファイターに乗った時、SSE(スペース・サウンド・エフェクト)のボリューム上げすぎて、猫みたいな声出したことあったろ。」
「うるさい」
疲労の底から、滲むようにニヤニヤ笑うアシモフに悪態を吐きながら、昔に戻ったような気持ちになる。懐かしい、忘れていた感覚。
「しかもそれで耳がイカれちまって、その日の夕食で誰に何言われてもに毎回聞き返してな」
「蹴るよ」
「教官のバカみてぇにうるさい説教に耳立てて聞き返した時は、笑ったよなぁ。あれは傑作だったぜ。うおっ」
ついに物が飛んできた。薪だった。
多分、別に、昔の赤っ恥のことだけで怒っているんでは無いんだろうなと、アシモフには察しが着いた。
その教官のせいでアシモフがこんな所にいること。それを悔しがることもなくへらへらとしていること。そのへらへらとして乾いた表情の後ろに、一体どんな地獄があったのかということ。
そういうのを全部ひっくるめた怒りとやるせなさの代弁として、あの薪は飛んできたのだ。
エマの視線はランタンの薄黄色の明かりに向けられており、子供っぽい頑固な怒りが、歯がゆそうな口元から伝わってくる。
「おいおい、投げ物はナシだろ」
「アンタが余計なこと言うからでしょ。」
「ハハッ………変わってないな、お前は。」
その一言が火に油を注ぐと知っていて、アシモフは過去への憧憬を抑えきれなかった。
それを聞いたエマの目が、一瞬大きく見開いたような気もするが、ランタンと暖炉では薄暗く、よく見えなかった。
7秒経った。体感では、3分くらい。
「あんたはさ、変わったよね。」
見つめたランタンから視線をそらさず、エマはそう呟いた。少し間を置いて、長い溜め息のあと、観念したかのようにアシモフが口を開く。
「…というと」
「昔のアンタなら、機体が生きてるかより、パイロットが生きてるかを確かめたがった。」
「前線に立って3年だ、人間誰でもこうなる。」
「それで片付けていいの?」
「………今は待ってくれ。」
風がどこからか入り込み、反応したランタンの炎のエフェクトがチロチロと揺れて見せる。

どうしてこのランタンを作った人間は、LEDのランタンに「揺れる炎機能」なんて無駄な機能をわざわざ付けたのだろうか。普段なら気にも止めないそんな些細が、今のアシモフには自分への当てつけにすら感じられた。疲労が強くなった気がして、アシモフは抓る指を更に力ませた。

~~~~~~~~~~
(その後、戦闘でエマが重症。臓器系に深刻なダメージ、吹雪でベースキャンプが孤立。
→目が覚めたエマは、アシモフが自分の内臓を提供したことを知る
※エマとアシモフは臓器移植に適性があり、士官学校時代に「その時」にはお互いの臓器を提供するという約束をしていた。)
〜〜~~~~~~~~
時間は戻って移植直前のベースキャンプ

「エマ少尉の状態は、極めて深刻です。このままでは、持ってあと…2時間と言ったところです。」
BTバス(バイオセラピーバス)のある近くのソルジャーパッケージまで、移動できないか。
「ここよりも整った設備のあるソルジャーパッケージは、一番足の早いタイタンで、最寄りでも3時間。この吹雪では、それ以上かと…」
IPSC(人工多能性幹細胞)なら?
「それと、この基地の設備でも、HQの病院にあるIPSCがあれば可能性はあります。しかし、これだけ視界が悪いんじゃあストームブリンガーは飛ばせないでしょうし、HQからここに届くのには、少なくとも、5時間は、かかります…。」
そう話す医者の、妙に落ち着いた話し方に、腹の底から苛立ちが沸いてくる。
その落ち着きが諦観からくる物だと気づくには、もう少し時間が必要だった。
「それじゃあエマは間に合わねぇじゃねぇか!」
いきなり胸ぐらを掴まれた医者の目頭に、少しばかり驚きの涙が溜まる。
突然訳も分からず叱られた子供のような、出すつもりの無かった、出したくなかった、そういう涙。
「ッ!分かってますよそれくらい!しかし…しかし……」
なんとか言い返し、そこから続けようとして、結局医者は言葉を詰まらせ、項垂れてしまう。
アシモフの謝罪に平気だと首を横に振るが、背中には、目の前の患者ひとりさえ救えない、医者としての責務を果たせないという悔恨と絶望が重くのしかかっていた。
一方のアシモフも、医者に掴みかかった自分を見て、結局、本当はあの時からなにも変わっていなかったんだなと、自分のことを鼻で笑う。あの日、カッとなって教官をブン殴ったあの日から、結局自分は何も変わっていなかったのだ。ただ己を押し殺し、伸し掛かる責任と、降り積もる死体と鉛の中で生きるハウツーを貼り付けただけだった。
考える程に嫌気が指す。
何も変わっていない、昔から、何も……
「…臓器移植ならどうだ?」
「え?」
嫌気の指す静寂の中で、アシモフはふと、士官学校時代のエマとの雑談に行き着いた。
「お前、やったことは?」
「大学時代、学校で一度だけ…。しかし、危険すぎます!ろくな設備もないのに。IPSCを使うのなんかよりずっとリスクが高い!」
「だが、やらなきゃエマは死ぬ。」
「それは……いえ、やはりダメです。そもそも、ここには移植する臓器が無いんですよ。」
「お手上げだ」と言わんばかりに医者が力無く両手を上げる。乾いた笑いの後ろにある「今更そんな」が痛々しかった。
「臓器なら、あるさ、ここにな。」
「はい?」
しかし、項垂れている医者には目もくれず、医療品の棚に映る薄い自分を見つめながらアシモフは続ける。
「俺の臓器はエマと適性がある。」
何も変わっていないのならば。
「本当ですか?それは…それは、アシモフ中尉、自分が何を言っているのか、分かっているつもりですか。」
「…そういう約束だった。」
深く息を吸う。長く伸ばして息を吐く。
7秒経った。体感では、3分くらい。
それが終わるとアシモフは、おもむろに左胸のホルスターに手を伸ばし、もう片方の手でエマの額にかかる白い髪を払ってやる。
「ずいぶん、待たせちまったな」
ホルスターから剥き出しになった強化カーボン製の決心が、アシモフのこめかみに当てられる。
「臓器ってのは新鮮な方がいいんだろう?焦れよ、先生。」
そう言った彼「ドルビンスク・アシモフ」が見せたのは、歯を目一杯に見せて笑う、士官学校時代のそれであった。目は煌々と輝いている。

あの日、あの食堂で出た、ピロシキとメドヴィク。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜~
エピローグ、エマと同部隊の隊員

病院の屋上で空を眺めていると、地上から、聞き覚えのある声が訪ねてきた。
「もういいのかい」
「うん、いつまでも寝てられないから。」
「そうか…今日は天気がいい」
「アシモフのこと、聞いたよ。」
「!…あのお喋りナースか。」
「私がもう一回目覚めたあと、事細かに。」
「ハァ…」
大方、言ってやるなと念を押していたんだろう。彼なりの親切だ。
その親切に免じて、気を使ってみる。
気と言うよりは、本心だったが。
「いや、いいよ。アイツはそういう奴だったから。むしろなんだか嬉しい。ゲルガーIIIのベースキャンプで見た時は、ホントに見てられなかったし。」
それでいいのか。と少しぎょっとしてエマを見るが、彼女の愁眉を開いた横顔を見て、喉元の疑問をぐっと押し戻す。
「…お前がそれでいいなら、それでいいのかね……。じゃ、またな。」
「もう行くの?」
「俺はお前と違って友達が多いんでな。それじゃあ」
そういってヒラヒラと手を振る、淡白で親切な彼の後ろ姿を見届ける。曲がり角の向こうに消えたあと、エマは屋上の柵にもたれかかって、もう一度空を眺めてみた。
確かに、今日はいい天気だ。

「おかえり、アシモフ」

ーゲルガー星系の戦いー[完]

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